公開のずっと前から見に行こうと決めていた作品でした。
現代のパリのアパート。夫フレデリックピエロの一家がかつて住んでいたこのアパートを改装して娘を住まわせようとするアメリカ人ジャーナリストのジュリアクリスティンスコットトーマス。彼女は雑誌の取材でフランスのヴェルディヴ事件を追うことに。そこで調べを進めていくと夫一家が住んでいたアパートはヴェルディヴ事件のときにフランス政府に一斉検挙されたユダヤ人が住んでいたアパートだということが分かる。そこに住んでいたユダヤ人の足跡をたどると両親は収容所で死亡したという記録があるが、娘サラメリュジーヌマヤンスとその弟の消息が分からないままになっている。ジュリアは子供たち二人の行方を探る。
一斉検挙の日、サラはとっさに弟を納屋に隠し鍵をかけた。サラはすぐに帰ってこられると思い「ここから動いちゃダメよ」と幼い弟に言い聞かせ鍵を握りしめ両親とともにヴェルディヴに連行された。その後両親とも別々にされ収容所に送られたサラは、どうしてもパリの自宅に帰らなければと収容所を脱走。親切なデュフォール夫妻に助けられたサラは弟のために納屋を開けるが、すでに長い月日が経っており弟は死体で発見された。
ジュリアは夫一家がユダヤ人から奪ったアパートに住んでいたことで悩み、なかなか切り込めないでいたが、唯一事情を知っている夫の父に話を聞くことに。夫の父が幼かった頃、引っ越したばかりのアパートにサラが訪ねてきて弟の死体を発見したところに遭遇していた。その場に居合わせた夫の父の父は家も家族も何もかも失ったサラのためにサラを引き取ったデュフォール夫妻にお金を送っていた。
サラから夫の父の父宛の手紙でサラがアメリカに渡ったことを知り、アメリカに取材に出かけるジュリア。彼女はサラが死亡したことを知るが、サラの息子ウィリアムエイダンクインがイタリアにいることを知らされ会いにでかける。
自分の母親の過去を何一つ知らなかったウィルアムから「いまさら何も知りたくない」と追い返されるジュリアだったが…
ジュリアは45歳。一人娘は12歳。不妊治療も受けていたがもう諦めてしまったいま2人目を授かった。しかし、夫はもうこの年で子育てしたくないと堕胎を薦める。そんなときに出会ったサラという少女。彼女の拭い切れなかった悲しみ、背負いきれなかった重い十字架を追ううちに周りの人も傷つけてしまうことになるジュリア。それでも。夫の一家が傷つくことは分かっていてもサラの物語に光を当てずにいられなかった。それはジャーナリストとしてのジュリアの性分でもあっただろうし、母親としての責任感でもあったのかもしれない。
サラの記事を書き上げたジュリアに若いジャーナリストが言う。「ここでこんなことがあったなんてヘドが出るわ」そこでジュリアは「あなたがもしあの場にいたら何ができたと言うの?」と言い返し、簡単にジャッジすることの愚かさを問う。彼女は自分自身のあの言葉によって、自分が夫一家を糾弾してしまっていたことに気付いたのではないだろうか。あの時代に自分もいたとしたら一体何ができたのか?もし、同じことが起きたら何ができるのか?
サラに一体何が起こったのか?みたいなミステリーちっくなことが中心に描かれるのかと思ったら、サラの物語の真相は映画の中盤で判明し、その後日談やそれがジュリアやウィリアムに与えた影響などがじっくり描かれているところが非常に繊細な筋書となっている。ジュリアもジュリアの夫一家も、ウィリアムも過去を簡単に受け入れることはできなかったけれど、サラという少女は確かに存在し苦しみながら生きていた。その人生を少しでも受け止めてあげることができたら。サラの生きた意味を少しでも理解してやりたかったジュリアの熱意がウィリアムにも観客にも伝わっていく後半の展開が素晴らしい。
クリスティンスコットトーマスはフランス語と英語を喋れるイギリスの女優さんでまさにこの役にはピッタリ。今回はアメリカ人の役だったからフランス語とアメリカンイングリッシュということで彼女にとってはどちらも自分の母国語ではないということになりますね。サラを演じたメリュジーヌマヤンスも素晴らしく、あの時代を懸命に生き抜いた少女を誠実に表現してみせている。
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サラの鍵
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