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Channel: シネマ日記
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コッホ先生と僕らの革命

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ドイツでサッカーの父と言われているコンラートコッホ先生のお話。

1874年(明治7年)、イギリス留学から帰ってきたコッホダニエルブリュールは、名門学校に英語教師として赴任する。ドイツで英語教育を行うのはこれが初めてで実験的な試みだった。ドイツの教育ではイギリスは野蛮で下等な国と認識している生徒たちになんとか英語を覚えてもらいたいとコッホ先生は子供たちにサッカーを通じて英語を教えようとする。

コッホ先生のクラスは理事会の会長の息子ハートゥングが力を持っており、労働者階級の息子ボーンシュテットをグループでいじめていた。労働者階級の息子がこの名門学校にいられるのはこれも実験的教育の一環としてであり、それが気に入らないハートゥング親子はなんとかボーンシュテットを退学にしようと画策していた。

そんな姿を目の当たりにしたコッホ先生はサッカーを通じて英語の他にもフェアプレーの精神や敵、味方問わず、貧富の差、階級の差を越えて相手を尊重することを生徒たちに教える。しかし、このコッホ先生の教育方針は当時のドイツの帝国主義的な精神に反し、理事会や他の教師、牧師などはサッカーを禁止にし、コッホ先生を学校から追い出そうとする。

サッカーを始めてみるとボンシュテットはみるみる頭角を現し、労働者階級で小柄でいじめられていた彼にクラスメイトが一目置くようになる。スポーツ用品メーカーの息子シュリッカーも本人はデブでドンくさくておよそスポーツ用品メーカーの御曹司とは思えない運動音痴だったが、キーパーとして活躍の場を見つけ、自身で研究してサッカーボールを作る努力をし始める。

しかし、授業をサッカー通じて行っていることが他の教師や理事会にバレてしまい、サッカーは禁止になる。落ち込む子供たちにコッホ先生は「授業以外でサッカーをやるのは自由だ。君たちが公園に集まってサッカーをするのなら僕が偶然散歩の途中で会うかもしれないな。偶然会うことができればサッカーを教えてあげるよ。あとは君たち次第だ」とみんなの前で言う。いままで親や大人に押さえつけられ反抗したことのなかった子供たちは、初めて自分たちの判断で行動を起こす。

サッカーをやり始めてから子供たちがどんどんイキイキしていく描写が良いですね。始めは他の金持ち生徒とつるんでボンシュテットをいじめていたハートゥングもサッカーの魅力には勝てず、徐々にチームになじんでいく。彼自身も同年代のメイドとの恋を父親ユストゥスフォンドーナニーに反対された経緯もあり、他の子と同じように大人への反抗心を募らせていた。

後半は「大人たちに秘密でサッカーをする→バレて問題になる→禁止される→他の手を考える→バレる」といったくだりを繰り返すので、またかよ!と思ってちょっと物語としては冗長的になる部分もあることは否めないけれど、最後にコッホ先生の友人のイギリスのチームがやってきて対戦するシーンではやはり熱い気持ちになった。

コッホ先生の生徒たちのエピソードについてはほとんどがフィクションだとは思うんだけど、それでも当時コッホ先生が伝えようとしたフェアプレー精神や階級差別を乗り越える尊重精神などについてはきちんと観客に伝わるように製作されていると思うし、その精神の根幹を伝えるためのフィクション部分であると思えた。

結構ユーモラスな切り口で語られてもいるし、誠実なメッセージも込められていて、公開規模が小さいのが残念ですがいわゆる学園ものとして見て損はない作品だと思います。


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